人と人との出会いを大切に・・・・・

私は6才からエレクトーンを習っています。もちろん途中で嫌になって止めようと思ったことも何度となくあります。

最初、先生から「エレクトーンとピアノとどっちがいい?」と聞かれ「オーケストラみたいにいろんな音が出るからエレクトーンがいい」と即座に答えたことを覚えています。もしピアノ以外に選択肢がなかったら、嫌になって止めていたように思います。

トランペットとの出会い

とはいえ、盲学校の吹奏楽クラブではエレクトーンを弾くことはできません。フルートも候補でしたが全く音が出ない。そこで、トランペットを担当することになったのです。

絶対音感があった私には、音がその日の気温や湿度によって違うのは許せませんでした。それに加えてトランペットの楽譜はBフラット、つまり鍵盤楽器の一音下がドなのです。トロンボーンの楽譜はちゃんと同じ音程なのに、これは不思議です。ホルンやアルトサックスみたいに、FやEフラットがドというのに比べれば混乱は少なかったのですが。

今のエレクトーンは、AWM音源やFSV鍵盤を搭載し、本物の楽器に限りなく近い表現ができます。もしトランペットを吹いてなければ、タンギングやブレスなどの微妙なタイミングをエレクトーンの演奏に生かすことはできなかったことでしょう。

高校総体の開会式で、一般の高校生と一緒に演奏できたこともよい思い出です。盲学校は一クラス多くても10人なので、話題や情報も限られてしまいます。年一回はJRCの高校生との交流もありましたが、吹奏楽クラブに入っていなかったら、頻繁に一般の高校生と交流することはなかったかもしれません。

ただ自分で弾いて楽しむだけで満足だったのですが

平成元年3月、エレクトーンの先生から「あなたの演奏をエレクトーンを教えている先生方に聴かせたい。そうすれば、これから障害者を教えようと思う先生も増えると思うし」と薦められ、親戚や友人も招待し、お茶しながらのミニコンサートをしました。そして、平成3年には、新聞にも取り上げていただき、二回目のコンサートをしました。

その中に、車イスの方がいらっしゃって「もう少し広い場所でゆっくり聴きたい」と「アンコールコンサート実行委員会」を結成して下さいました。お酒を飲みながら生まれた企画で、本当は「アルコールコンサート実行委員会だった」という噂も!(後で知ったことですが、頸髄損傷がある方の場合、体温調節を自力でできない場合があるそうです。)その方の周囲には、いつも健常者の取り巻きがいて、「あれ取って」と言うとどこからともなく手が出てきて・・・・・コンサートも、受付から照明まで、すべて手作りでしていただきました。

かくして平成4年5月に行われた「Return to Sound On My Mind」がきっかけとなり、いろいろなイベントに呼んでいただけるようになりました。

熊本の五木村では、10分持たないだろうと言われていたのに、痴呆症のお年寄りたちが二時間余り、全く中座することなく演奏を聴いて下さいました。

手話コーラスや、150人余りの合唱の伴奏をさせていただいたこともあります。

岐阜県朝日村の小学校では、総檜作りの校舎で17人の児童の前で演奏した後、飼っているイモリや金魚などを触らせてもらったり・・・・・別の小学校ではゲームをしたり給食を食べて帰ってきたことも。

「ディズニー・ファンティリュージョン」を演奏させていただいたとき、本物の花火を8発も打ち上げていただいたこともあります。

エレクトーンを途中で止めていたら、こんな交流や経験もさせていただけなかったことでしょう。

私たちは一歩外に出れば道を尋ねたり手引きしていただいたり、たくさんの人にお世話になります。趣味のエレクトーンを聴いていただくことで皆さんに喜んでいただき、ほんの僅かでも社会へのご恩返しができる私はとても幸せです。

ピアノも弾けたらなぁ

エレクトーンはリースして運ばなければ演奏できません。でも、ピアノなら最初から置いてある所もたくさんあります。エレクトーンのようにいろんな音は出せないけれど、生のピアノでなければ出せない雰囲気もあります。

幼なじみで、私に影響されて高校生のときトランペットを始めた奴がいます。彼はジャズのビッグバンドに入りました。今も社会人バンドで演奏を続けています。

そんな彼が、よくカウント・ベイシーのレコードを持ってきて聴かせてくれました。そんなこともあって、ジャズにはずっと憧れがありました。(どんくさいからエレクトーンで弾いてもサマにならないのであまり弾いてませんでしたが)

平成7年末、エレクトーンに行き詰まり、翌春まで殆どエレクトーンを弾く気にならないという時期が続きました。そんな中、どうしても出演しなければならないイベントが沸いてきて、そのときに立ち合って下さったプロダクションの社長さんに悩みを打ち明けたところ、「アメリカ人でいいジャズピアニストがいるんだけど、習ってみないか」と誘って下さったのがDonny Schwekendiek先生です。ジャズの理論はエレクトーンで曲をアレンジするときにも大変参考になります。

ジャズピアノを習っていなかったら、プラハの日本大使公邸でピアノを弾かせていただく機会はなかったと思います。「長旅の緊張がほぐれてよかった」とたくさんの方に声をかけていただいたときはとても幸せでした。

たくさんの方々に支えられて

私が人前でエレクトーンを弾かせていただけるのは、たくさんのスタッフの方々がいて下さるからです。とくに最初のころは、幼なじみやハム仲間がスタッフを引き受けてくれました。

楽器の手配からPR、受付、照明などして下さる方がいらっしゃらなければ私は演奏させていたたくことはできないのです。社会のお役に立てるならと大きな顔で出演させていただいていますが、たくさんの方々に支えられているからこそ演奏させていただける幸せに、いつも感謝しています。


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